当館の歩み

駆け足でご紹介させていただきます。
  • 昭和22年05月20日

    先代 浅利栄一は、敗戦の失望の中で自然を愛し網走観光開発を決意し「網走湖荘創設の心」を起草

  • 昭和23年10月16日

    網走湖畔の茂みに15坪の草庵を構え、貸席として業をはじめ公衆のレクレーションの場とする。この時45歳、現在もホテル内に飾られている創業時の写真。写真左上に見える白い建物が「網走湖荘」

  • 昭和24年06月01日

    広間15坪を増設する

    昭和26年06月01日

    食堂、調理室、今、2階建30坪増設

  • 昭和28年06月01日

    南館4室、長廊下26間、浴場等90坪増設 旅館としての発足をみる。12月電話を引く

  • 昭和32年05月01日

    長男 清一は、道教育委員会を退職し、決意して父の偉業遂行に乗り出す。客室2・食堂25坪増設 この時26歳

  • 昭和33年06月01日

    玄関部分解体、木造モルタル3階客室10室150坪増設

  • 昭和34年07月15日

    売上の伸びとともに有限会社を組織。清一、代表取締役となる。ユースホステルの活動に共鳴し、ホステル契約をする

  • 昭和35年6月

    客室1・広間30坪(千鳥の間、後のオホーツクの間)増築

    昭和36年6月

    第1新館客室8、大浴場360坪増築

    昭和37年04月01日

    日本観光旅館連盟会員となる 客室38 一般客も激増

    昭和37年6月

    第2新館12室・婦人浴場160坪増設

    昭和38年10月

    翌年の予約が9月中にほぼ満員となり、大増築を決意

  • 昭和39年6月

    鉄筋コンクリート4階増築。ロビー・スナック・娯楽施設・売店・暖房・客室。500坪

  • 昭和41年2月

    「観光客を親切に迎える運動」で北海道知事より表彰を受ける

    昭和42年

    3度目の玄関・本館完成・網走で初めてのエレベーター 自動ドア・宿舎完成・3,254平方メートル、客室総数83・施設総坪数2,100坪となる

  • 昭和46年7月

    大浴場・熱管理室・ランドリー室完成285坪

    昭和46年7月

    国際観光連盟会員となる

    昭和48年6月

    (現 中央館)増築1,668坪 客室総数129、エレベーター3基、ボーリング場、大ホール(350人9会議室・広間)

    昭和48年6月

    組織を変更し株式会社として浅利清一代表取締役に就任

    昭和48年

    芝植・護岸・汚水処理施設・暖房改修と環境整備を進める。又、WBTや冷暖房化の改修親新設を進める

  • 昭和51年05月

    厨房改修工事を進め衛生環境の完璧を期す(第15期工事)

    昭和51年10月

    汚水処理施設MOラグーンシステムの設置を完了、工費2,500万円(第16期工事)

    昭和53年03月

    51年から53年春にかけて全面改修工事に入り外装の再整備、玄関フロアの改修。 A館(本館)24室BT化と全面改装、WB総数75室、ノバクト取付け。(第17期工事)

    昭和53年10月

    総面積2,017平方メートル(600坪)6階建、食堂、職員住宅、宿舎の建設計画に入る

    昭和54年08月

    10月17日先代の忌日を期して創業30周年(会社内のみ)開催

    昭和54年08月

    雇用促進事業団の融資を受けて従業員宿舎、福祉施設完成 2億3千万

  • 昭和56年09月 温泉湧出

    4月から進めていた念願の温泉ついに湧出 工費3,000万(第19期工事) 「温泉堀削は先代からの悲願であり、バトンを引き継いだ私への遺言でもあり ました。観光網走に欠けていた目玉は温泉でもありました。<途中省略> 先代は、60メートル位掘れば出るだろうと予測し、事実60メートル掘ったのですが、今から考えるとそんなことでは成功はしなかった。当時の技術では無理もなかったのですが、私は最初からやるなら千メートルまでやってみようと決意して契約しました。ところが、800メートル掘ったところで52度のお湯が出てきたのです。従業員一同歓声を上げて喜びました。 温泉堀削を語る」 浅利清一の談話より

  • 昭和56年08月

    倉庫建設60坪、先代時代の旧施設(第3新)南館(第1新)を解体、旧題に新分を宿舎として再び移設する

    昭和57年06月

    鉄筋LC7階建(第2新館)増築延6,505平方メートル、2,000坪、客室44、大ホール白鳳500席、大広間オホーツク300帖、大広間カムイ500席、、客室総数150室、宿舎定員381名となる。(第20期工事)

    昭和63年12月

    国道39号線の改修に併せて道路の取付を行う。防災と利便に対応する。表まわりの周辺の風致を考え植樹造園に心をくばる

  • 平成元年12月07日

    男女別新浴場の完成。増改築延長(680坪)客室総数150室、宿舎定員458人となる

    平成03年11月03日

    浅利社長 藍綬褒章受賞 11月14日皇居参内、天皇陛下に拝謁、61歳

    平成03年12月26日

    国際観光ホテル整備法に基づき、登録旅館第2087号をもって政府登録国際観光旅館となる

    平成11年08月01日

    4度目の新本館「華の館」竣工 8,889平方メートル(2,694坪)・総建築面積26,209平方メートル(約8,000坪)客室数159室、定員564名となる。(第22期工事)

    平成11年11月23日

    網走湖荘創業50年・新本館落成記念披露

  • 平成12年06月14日

    「人に優しい地域の宿作り」に最優秀賞(厚生大臣賞)を頂く。障害を持つ「母への想い」から発想。
    創業から苦労して旅館を築いた私の母が障害を持つ身になり、旅館内を見て回りたいだろうと考えた時、「段差がある、スロープがない、車椅子を利用するにあたってトイレなどが不便である」ことに気付き 「これは宿泊客の皆様にもいえる」と、思い知らされた。 そこで、改装・整備する際時、「高齢者・障害者だけでなく、全ての人に優しい施設」をポリシーとした。 私自身、入院した経験があり、病院のトイレなどの施設に考えさせられたことがあった。「病院も旅館もホスピタリティ産業ではないか」。 自館の遅れを感じ、できるだけ病院の設備に近づけるように努力した。 今後は、ハードだけでなく、ソフト面(従業員教育)にも力を注いでいきたい。(2000年5月27日 全国紙 週刊観光経済新聞より 抜粋)

  • 平成16年1月23日

    「第29回プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」(株式会社 旅行新聞社)に選ばれる

    平成16年4月29日

    浅利清一社長 旭日双光章 受章浅利清一社長

  • 平成16年10月28日

    「園遊会」に招かれる。75歳

つづく